福永武彦の小説おすすめ10選｜口コミあり！死の島や告別も紹介

現代作家の純文学作品は、文庫化されてもすぐに絶版になってしまうことが多い中、新潮文庫で長く版を重ねる小説があります。1956年に文庫となって以来、半世紀以上読み継がれている『草の花』です。

作者の福永武彦は、戦後まもなく短編や詩を発表し作家としての活動を始め、以来多くの長編や短編、評論やエッセイを執筆しました。1969年に文庫化された小説『忘却の河』も、今なお人気です。

フランスの心理小説の伝統のもと、欧米の先端的な小説技法を取り入れた福永武彦の小説は、人間の宿命である死を見据えながら、愛と孤独を描いたロマンとなっています。今も多くの読者を魅了する福永武彦の生涯と作品をご紹介します。

銀行員だった父親の転勤に伴って東京に出てきた福永武彦は、1930年に東京開成中学校に入学します。そこで生涯の友であり、文学的同志ともなる中村真一郎と出会います。

二人はともに旧制一高に進学します。すでに中学の時から文学に親しんでいた福永ですが、高校時代には詩作を始めています。

高校を卒業すると、東大仏文科に進学します。大学では『映画評論』の同人となり、多くの映画評論を書いています。

大学卒業後、福永武彦はNHK国際局などで仕事をしながら、作品を書いていきます。1944年には後に詩人となる原條あき子と結婚します。しかし程なくして福永は肺結核を患い、二人は1950年に離婚します。

以後、病に苦しめられながら、福永は創作活動を続けていきます。戦前から書き始めていた最初の長編『風土』を発表した後には、病の療養者同士であった女性と再婚します。

その後は、1954年に『草の花』、1960年に中編『廃市』、1964年に『忘却の河』と、小説家としての地位を確かなものとしていきます。

福永武彦は1961年に学習院大学文学部の教授に就任します。担当した「20世紀小説論」という講義では、フランス文学を中心に欧米の最先端の小説を論じています。福永の作品が同時代のなかでも実験的な方法をとることが多いのは、こうした背景もあるのです。

福永は詩人ボードレールや画家ゴーギャンについての優れた評論も書いています。大学教授という研究者としての彼の功績と言えます。

戦争中から書き始め、戦後にかけて10年を費やし完成させた最初の長編『風土』は、福永武彦作品の様々な要素を含んだ小説で、彼の文学的原点ともいえます。

歴史の動乱の中で翻弄される芸術家の運命や、青春の希望と挫折が、様々な視点と時間軸を意識的に配置した斬新な手法で描かれています。

福永武彦の小説が最初に世に出たのは、1948年の短篇集『塔』です。7つの短編が収められていますが、いずれも独自手法の実験的作品です。福永は長編においても常に小説の技法には意識的でしたが、短編では彼の技法に対するこだわりがより鮮明に感じられます。

福永武彦の小説で、今も文庫で出ている作品は、長い間読み継がれてきた名作です。

まずは『草の花』です。小説家として世に認められた作品で、青春において叶わなかった純粋な愛を描いた恋愛小説です。また『忘却の河』では、孤独を抱えた4人家族それぞれの視点から、人生の深遠を描いています。共に半世紀以上読み継がれてきた小説です。

その他、愛と孤独についてのエッセイ『愛の試み』も現役です。

福永武彦の全集は、生前には「全小説」、亡くなった後には1986年から88年にかけて文字通りの「全集」が刊行されていますが、現在では絶版です。しかし電子書籍の形態なら多くの作品を読むことができます。

さらに生誕100年の2018年には「電子全集」が出ており、今では福永の全作品を読むことが可能となっています。

福永武彦は仏文科出身で、フランス文学の翻訳もしていますが、日本古典にも造詣が深く、『古事記』や『今昔物語』の現代語訳も刊行しています。さらに古典を題材にした小説も書いています。それが映画化もされた『風のかたみ』です。

今昔物語から題材を得て書かれた王朝ロマンで、エンターテインメントとして楽しめる作品です。映画のほか、舞台にもなっています。

福永の母親はキリスト教の伝道師でした。彼自身は死の2年前にキリスト教の洗礼を受けています。

そんな福永の作品には、底辺にキリスト教が意識されるものがあります。出世作の『草の花』、そのタイトルは聖書から取られていますし、物語においても主人公のキリスト教との葛藤が見られます。『夜の三部作』のなかの『深淵』でも、キリスト教信仰が大きな問題となっています。

福永が大学を卒業したのは1941年、戦争が始まった年です。戦地に赴くことはなかったものの、戦争は彼の人生に大きな影を落としています。

最初の長編『風土』は第二次世界大戦が始まろうとしている時代の中で物語が進みますし、『忘却の河』の主人公は罪深い戦争の記憶に囚われています。

このように戦争を題材とした福永作品を読んでいくのも興味深いものです。

福永作品で映画化された小説は2作あります。一つは中編の『廃市』で、長年福永作品の映画化を望んでいた大林宣彦が監督をしています。

もう一つは『今昔物語』を題材にして書かれた『風のかたみ』で、1996年に映画化されているほか、歌舞伎や宝塚でも舞台化されています。

こうした映画や演劇を見てから原作を読むのも面白いですし、まず小説を読んでから、それがどんなふうに映画化、舞台化されているのか見るのも楽しいでしょう。

青春の途上で出会った二人を深く愛しながらも挫折し、孤独の中で死んでいった主人公。彼が残した手記を中心に物語が展開します。

福永の小説の中で唯一の私小説的な作品です。登場人物が生と死に真剣に向き合う姿が、透明な文体で書かれています。半世紀以上にわたって読み継がれる、青春小説の傑作です。

罪深い戦争の記憶に苛まれる父親、病床の中でかつての恋人を思う母親、過去に疑惑を抱きながらも自分の道を歩み始める娘二人、家族4人がそれぞれの視点から人生を見つめる連作形式の長編小説です。

執筆当時である昭和30年代の時代性も随所に見られます。人生の意味を問う物語が、円熟の小説技法で展開する福永作品です。

日本古典にも造詣の深い福永武彦が、日本最古の歴史書である『古事記』を現代語訳したものです。

研究者ではない小説家の現代語訳であるので、登場する神々にはリアリティと人間味があります。誰もが知っていながら、読んだことのある人は少ない古典の、判りやすい現代語訳として定評があります。

福永武彦は『今昔物語』の現代語訳も刊行していますが、さらに『今昔物語』を題材にした小説『風のかたみ』も書いています。

多彩な人物が報われない愛に生きる姿が、活気あるストーリーの中で展開していきます。内省的な人物が多く登場する福永の現代作品とは違った作風で、彼の小説家としてのもう一つの顔が見える王朝ロマンです。

『死の島』は1971年に刊行された長編で、単行本では上下2巻にもなる作品です。

作家を志す主人公と、彼と関わる二人の女性、別の或る男、こうした登場人物それぞれの視点、それぞれの時間軸で物語が多層的に展開していきます。福永武彦が20世紀西欧の先駆的小説手法を受容し、それらを自らの文学に定着させた小説で、内容、方法ともに福永作品の集大成といえます。

福永はこの作品で第4回日本文学大賞を受賞しています。

福永武彦には、中編にも優れた作品があります。映画化もされた抒情的な『廃市』も中編ですが、この『告別』も中編小説で、タイトルはグスタフ・マーラーの交響曲「大地の歌」終楽章から取られています。

人生の愛と孤独という福永作品のテーマが、複数の視点から描かれています。直後に発表される『忘却の河』に繋がっていく中編小説です。

小説家福永武彦は、フランス文学を中心とした西欧文学の研究者でもあり、評論やエッセイも執筆しています。

戦後まもなく刊行した『ボードレールの世界』、学習院大学教授時代の講義録をもとにした『二十世紀小説論』、毎日出版文化賞受賞の評伝『ゴーギャンの世界』など優れた評論があります。

また音楽や美術などの芸術に思いを馳せたエッセイも、福永らしい簡潔にして透明な文章で読む人を魅了します。

人間の宿命である愛と孤独を見つめ、美しい文体と斬新な手法で小説化した福永武彦。決して観念的な作風ではなく、彼の小説はロマンあふれる物語でもあります。福永武彦の小説を読んで、人間心理の奥底を覗き込んでみてはいかがでしょうか。

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